■ 論 説
    先進国の仲間入りした韓国経済
    GDP世界12位  無から有を創造した歴史的体験
                  
          論説主幹 金 時 文
  2025年9月30号
 この度、コリアンワールドの論説主幹として活動を開始することになりました。実は20年以上、編集局長として長年務めた東洋経済日報が今年1月に廃刊となり、李相善代表からの誘いを受け、決意を新たにした次第です。彼とは統一日報時代からの盟友であり、共有の知的基盤を生かしていく考えです。今回は韓国経済の発展をたどりながら、大転換期の時代的潮流を見つめ、いま何をすべきかを論じました。今後は韓国経済論だけでなく、座標軸が必要な在日同胞論など幅広く問題提起していきます。李代表と手を組み、在日社会、さらには韓国・日本社会に「知的革命」を起こす先兵役を務めたい考えなので、読者・支援者の皆様のご支援・ご協力をお願いします。

キム シムン

1949年大阪生まれ。東京神田の錦城学園高等学校卒業後、独協大学フランス語学科中退。統一日報・東洋経済日報を経て現職。


試練の連続乗り越え「漢江の奇跡」実現  途上世界に発展の希望抱かせる
          ー 70年代に輸出100億j、国民所得1000jの快挙 ー

  
  
   初の総合一貫製鉄所の浦項製鉄の火入れ

 
今年は戦後80年、韓国にとっては解放80年。植民地支配からは脱したが、世界最貧国の状態で前途遼遠。しかも同族相残の韓国戦争が勃発し、3年間にわたる戦火で国土は荒廃し死傷者300万人を数える甚大な打撃を被った。その後も戒厳令宣布、革命、クーデター、暗殺など政情不安で国づくりは試練の連続だったが、「漢江の奇跡」を実現し、韓国経済を駆動させた。世界経済にとっても今日に語り継がれる大きな足跡を残した。
 果たして、漢江の奇跡とは何だったのか。3年間の戦争で産業施設が壊滅し、資本と資源がない状態で成し遂げた急成長は世界を驚かせた。53年7月17日の休戦協定締結で南北間の銃撃戦は止み、一応の平穏を取り戻した。これを受け、経済建設の緒がつき、新興企業が勃興し、企業活動が動きし出した。そこから後の財閥に繋がっていくものもあった。政府は産業インフラ建設に力を入れ、輸出主導型の経済を推し進めた。そのような過程を経て1977年に輸出100億jを達成し、翌78年には国民所得1000jを突破した。いずれも途上世界初の快挙であり、まさに「黄金の1970年代」といわれるほどの急速な成長だった。
 韓国に続き周辺地域でも成長が加速し、「アジアの4小龍」として世界の脚光を浴びた。連載「アジア中進国比較」でこの問題を論じたことがあるが、それぞれに違いがあるものの稀にみる成長地域を形成した。都市国家のシンガポールは高度なハイテク国家に発展し、中小企業の基盤が強い台湾はTSMC(台湾積体電路製造)が半導体世界で頭角を現すなど多様な産業が育っていった。世界3大夜景の香港は1国2制度の下で国際的な金融センターの役割を担い出した。ここで興味深いのは、ごみで薄汚れたシンガポールが世界一ともいわれるクリーン国家に生まれ変わったことだ。環境保護に早くから力を入れ、ごみに対する法律は厳しく、ポイ捨て行為は高額な罰金対象となる。これがまた経済発展にもつながった。
 連載ではまた、エネルギーを全く消費せず、永遠に動く永久機械の研究について触れたことを思い出す。科学的には否定されたというが、無尽蔵の自然エルギーを利用した太陽電池はその前段階と言えなくもない。いずれにしても夢とロマンがある研究で、何らかの参考になると思った。
 話は元に戻るが、何が短期間で最貧国韓国を急速に発展させたのか。世界を驚かせた驚異的な成長エネルギーはどのように生まれたのか。血と汗、体力と技術、忍耐で作り上げたことだけは間違いない。その歴史の一端を体験してみよう。

成長支えたインフラ構築

 まず経済活動に必須の産業インフラである。韓国初となる全長416`bの京釜高速道路や粗鋼年産103万dの浦項一貫総合鉄鋼所、韓国最大の蔚山・温山の石油化学コンビナートなどがその始まりで、このような産業インフラの構築は、その後の高度経済成長を根底から支えた。そして、1970年代の2桁成長は「漢江の奇跡」と呼ばれ、途上国の成長モデルとして世界に広がった。
 しかし、建設計画が持ち上がった1960年代当時、「高速道路も総合鉄鋼所も無理だ。資本も技術もない中で建設は時期早々だ」との声が圧倒的だった。専門家も「急ぎすぎだ」と首を傾げた。だが、京釜高速道路は1970年7月7日に開通し、韓国の大動脈となった。浦項製鉄所は5年後の1973年7月3日に竣工し、81年2月の総合竣工までに粗鋼生産能力を850万dに拡大した。1969年から建設が始まった蔚山・温山の石油コンビナートには700社以上が立地し、エチレン基準1280万dの化学製品生産を牽引し、世界4位の生産国に引き上げた。いずれも韓国産業を根底から支えるものだった。1962年から始まった政府の「経済開発5カ年計画」(のちに経済社会発展5カ年計画に改称)の実施が大きな役割を果たした。資金調達や産業、企業支援など政府主導で進められ、成長スピードを速めたからだ。
 この開発初期は韓国人のエネルギーが爆発した時期だった。その後、高さ123b、堤防の幅53b、貯水量29億dに達する巨大な昭陽江ダムが73年10月に江原道春川市の東部で完成した。翌74年8月にはソウル地下鉄1号線が運行を開始し、ソウルと首都圏は1つの生活圏となった。各地方にも地下鉄開通が相次ぎ、韓国は有数の地下鉄化が進み、その技術と車両は40カ国に輸出されたほどだ。さらに2004年4月にはソウルと釜山を2時間半で結ぶ京釜高速鉄道が開業。最高速度305`bで走る韓国版新幹線だ。一方で74年8月15日、朴正熙大統領を狙った流れ弾で陸英修夫人を殺害した在日2世の文世光事件が忘れられない。当時22歳、なぜ死に至る熱病にとりつかれたのか。光には影があることも歴史の真実だ。
 ともかく、韓国は基盤構築を支えに輸出が急増し、「貿易立国」が実現した。半導体、自動車、造船、鉄鋼、石油化学など主要産業で急速に輸出競争力を強め、2022年に輸出ランキングで日本に次ぐ世界6位に上昇した。第2、第3の漢江の奇跡の実践である。昨年は厳しい環境のなかでも輸出は伸び続け、前年比8・2%増の6838億jを記録し、過去最高となった。特に半導体が大健闘し、これまた過去最高の43・9%増の1419億jを記録。輸出に占める比率は20%を超え、韓国最大の輸出品目を維持している。自動車は前年より0・1%減の708億jとなったが、それでも2年連続で700億jを超えた。
 また、石油化学は480億jで、新業種のバイオヘルスも151億jに増え、Kフード人気に支えられ農水産食品は117億jと初めて100億jを突破した。輸入は6320億jで、貿易総額は1兆3000億j超えとなった。これは世界8位に入るレベルだ。
 今年の輸出目標は世界5位の7000億j。引き続き半導体が主導する展開になりそうだ。今日、半導体は鉄に代わる「産業のコメ」として主要産業で欠かせない存在となっているが、政府は、知識・技術集約型の産業は韓国に適していると判断し、確か1976年に本格的な育成策を発表した。当時は統一日報時代だったが、経済面トップで特筆したことが記憶に鮮明に残っている。この政府の育成策を受けて、半導体市場に進出する企業が相次ぎ、サムスン電子がメモリー半導体のDRAM(随時書き込み読み出しメモリー)市場で当時世界1位の日本企業を抜き、シェアトップに躍り出た。その後も韓国の半導体企業は、DRAM市場で世界シェアの70%を占める勢いを続けている。調査機関の米ガートナーによると、昨年の半導体全体の売上基準で韓国はインテルを抜き世界1位に返り咲いた。これにはHBM(高帯域幅メモリー)で市場を席巻したSKハイニックスの躍進もあった。
 だが、安閑としてはいられない。半導体の重要性を認識した競争相手国が相次いで育成を強化しており、競争は激化している。韓国はメモリー市場では強いが、システム半導体分野では後れをとっている。AI(人工知能)半導体なども登場しており、こうした新たな分野で投資を強め、競争力を強める時だろう。



         韓国の大動脈 京釜高速道路開通

自動車・造船の継続成長に期待

 自動車産業は国内・海外の工場を合わせ生産台数800万台を超える世界5位に成長したが、そのうち国内生産は昨年413万台で、その半分以上の278万台を輸出に振り向けた。輸出比率67%と極めて高い。注目すべきは海外生産の急増だ。
 韓国トップの現代自動車は、米国、インド、中国、ブラジル、トルコ、チェコ、インドネシア、シンガポールの8カ国で224万台を生産。系列の起亜も米国、中国、スロバキア、メキシコ、インドの5カ国で143万台を生産し、2社合計で367万台を記録した。世界販売台数では現代自動車グループが昨年、ジェネシスブランドも含め730万台に達し、トヨタ・フォルクスワーゲングループに次いで、世界3位に浮上した。最近の特徴としてはEV(電気自動車)の需要が増え、韓国で今年上半期(1〜6月)に国内メーカーが販売したEVは9万台を超えて全新車販売台数84万の11%を占めた。世界一のテスラが昨年販売した179万台にはまだ相当の開きがあるが、今後の展開に期待がもてる。
 造船は韓国の製造業の中でも技術力の高さで定評があり、LNG(液化天然ガス)船やコンテナ船、タンカー分野では日本を上回るとされる。
 韓国はいま、中国とシェアトップ争いを続けており、竣工量では劣るが、脱炭素・デジタル転換の流れを生かした高付加価値戦略で対応、金額ベースで差をつけている。例えば、1位を奪還した昨年第1四半期(1〜3月)の受注額は韓国136億jで、中国は126億jだった。数量ベースで韓国は449万CGT(標準貨物船換算トン数)と、中国の4
90万CGTを下回ったが、高付加価値戦略が成功し金額ベースで優位に立った。メーカー別では韓国造船海洋がシェア14%で世界一だ。
 世界の造船業界の市場規模は現在1234億jで、2032年には1742億jと4・4%増える見通しだ。引き続き韓国の重要な外貨獲得源として競争力を高めてほしい。かつて英国は7つの海を支配したが、韓国が造った船舶で世界の海を制覇する気概も大切だと思う。

海外建設受注で成果上げる

 ここで欠かせないのは、海外建設市場への進出で大きな成果を上げたことだ。1965年11月に現代建設がタイの高速道路工事を受注したのを皮切りにこの60年間の受注総額が1兆jを超えた。オイルマネーをため込んだ中東地域での攻略が大きかった。2004年にUAE(アラブ首長国連邦)で建設した世界最高層のブルジュ・ハリファタワーをはじめ、屋上に船型プールをつくったシンガポールのマリーナベイ・サンズホテル(08年開業)、トルコの世界最長の吊り橋チャナッカレ大橋(22年開通)など高難度な施工能力が認められた結果だ。いまは、サウジアラビアの大プロジェクト、巨大な近未来都市ネオム構想にも積極的に参画している。
 海外建設の受注は輸出とともに韓国経済の発展を担ってきた両輪であるが、「今日もサウジ行きの便はいっぱいです」との航空アナウンスが当時を思い起こさせる。韓国人労働者も中東を絶好の就業先としていたのだ。
 この海外就労の先駆けとなったのが西ドイツ(当時)に派遣された炭鉱労働者や看護師たちで、その働きぶりは現地で評判だった。韓国派独協会によると、1963年末から70年代後半までに鉱山労働者7936人、看護師・看護助手1万1067人が派遣された。稼ぎが良く、羨望の的にもなったが、地下1000bの異国の地の中で石炭を掘ったり、病院で亡くなった人の遺体を洗うつらい仕事は現地で敬遠されていた。そんな仕事に韓国の高学歴者までが飛び込んだのだが、それはなぜか。貧しい国に生まれた宿命なのだろうか。
 しかし、これも新たなエネルギーに点火した。この辺の事情は日本でもヒットした韓国映画「国際市場で逢いましょう」に詳しい。たまたま訪韓した際にテレビで知ったのだが、当時は貧しさから抜けきらず、底辺では内臓売買の話もあった時代だった。 経済発展史の中で忘れてならないのは国家破綻寸前の通貨危機だ。当時韓国の外貨保有高は底をつき、1997年2月3日、政府はIMF(国際通貨基金)をはじめ、世界銀行やADB(アジア開発銀行)などの国際金融機関のほか、日欧米の主要国から550億jの支援融資に頼らざるを得なかった。これにより、韓国の経済運営は事実上、IMFの管理下に置かれた。韓国ではこれをIMFショックと呼んだ。ウォン価値は下落し輸入物価押し上げでインフレに見舞われもしたが、IMFショックの原因ともなった企業への偏重貸出などを強力に規制し、不良債権の返済に力を入れた。産業界ではビッグ・ディールと呼ばれる構造改革が実施された。
 当時、財閥間では非効率で過剰な重複投資が多く、これを克服するため非主力及び不良系列企業をグループ間で相互買収・売却を進めるというものだ。まず鉄道車両部門で現代精工、大宇重工業、韓進重工業の車両生産部を統合し現在の現代ロテムが誕生した。半導体部門ではLG半導体が現代電子への売却を決めたが、現代電子の業績が急激に悪化、大宇電子がこれを引き受けSKハイニックスとして再出発することになった。
 一方、支援融資は早期償還したが、金歯を提供するなど国民の多くがIMFショック脱出に懸命の努力をしたことが話題を呼んだ。底をついた外貨準備高はその後増加を続け、今年6月現在で4102億jに拡大した。万年赤字だった経常収支も黒字転換し、昨年の黒字額は990億jを記録した。このように金融面で安定基盤がかつてなく強まった。        難局克服をバネにその後さまざま事業展開が進められた。最近の例として、本格的な宇宙開発がある。昨年5月には韓国版NASA(米航空宇宙局)と称される「宇宙航空庁」が発足した。宇宙開発を全面支援し、宇宙関連企業を2000社以上育成する計画だ。2045年の火星着陸を目標に「世界5大宇宙大国」入りをめざすとしている。
 韓国の現在の宇宙産業はこのビッグディールの時に現代宇宙航空、サムスン航空産業、大宇重工業を合併して発足させたKAI(韓国航空宇宙産業)が主導している。世界的にみると、ロケット生産国で10位に入り、2022年に1d以上の人工衛星を搭載した打ち上げに成功し、世界7位の技術力を立証した。こうして、宇宙開発も期待される産業に加わった。  
 このような経済成長は、国民の生活水準を高め、IMF統計によると、韓国の1人当たりGDP(国内総生産)は3万6129j(24年暫定値)。世界33位に引上げ、日本の3万2498j(38位)を上回った。GDP規模は世界12位。
 国際社会での地位も高まり、1996年に先進国クラブのOECD(経済協力開発機構)に加盟し、途上国に対する経済支援を強化した。今年のODA(公的開発援助)予算は6兆5000億㌆と前年より4・2%増えており、最近の世論調査では国民の77・8%がこのような支援を賛成している。
 韓国のこのような無から有を作り上げるような経済発展は途上世界に対して成長・発展への希望を抱かせる歴史的な体験ともなった。
                       ◇
   
真の豊かさを求めてチャレンジ ー 当面課題はトランプ関税15%の克服 ー


    
   サムソン電子の半導体製造

 韓国で李在明大統領が6月4日に就任して3カ月になる。当時の世論調査(韓国ギャラップ)によると、国政運営について70%が「うまくいくだろう」と期待した。また、優先して取り組むべきは「国民生活の安定と経済再建」だった。
 李大統領は6月26日の施政演説で「新しい成長エンジンをつくり、成長の機会と結果を共に分かち合う『公正経済』の扉を開いてこそ二極化と不平等を緩和し、皆が豊かに暮らす世の中に進むことができると」と表明した。単なる成長でなく、国民すべてに等しく貢献する「公正成長」の実現を強調した点が注目されるが、その実現のための基本政策が期待できものになるか、英知をあつめてほしい。
 問題なのは韓国も先進国同様に1〜2%台の低成長時代に入っていることだ。現在のGDP規模は2兆jに迫る1兆7130億jで世界12位だが、人口減少が続く中で成長が止まれば当然、経済規模が縮小する。2030年には2兆1495jでスペインに抜かれ15位に低下するとのIMF予想も出ている。昨年は、厳しい環境下でも2・0%の成長率を達成したが、今年は1%を下回る可能性も指摘されている。実際、韓国銀行は年初の予想値1・5%を0・8%に引き下げている。国際機関のADBも同様の0・8%予想だ。マイナス成長の恐れもあり、事実、第1四半期(1〜3月)の成長率は建設投資と消費不振で内需が低迷したこともあり前期比0・2%減少しており、年間でもマイナス成長に陥る可能性が排除できない。
 李政権は、所得制限付きで1人当たり最大50万㌆の消費クーポン支給を開始しており、その効果に期待もあるが、1回性の限界は否定できない。中長期的な対策こそ肝要だろう。
 なぜ韓国の成長力は弱まっているのだろうか。成長の目安となる、物価の上昇なく達成できる「潜在成長率」が著しく低下しているからだ。OECDによると、2011年の3・8%から低下を続け、今年は過去最低の1・9%になると推定している。これは労働・資本など生産要素が最大限に効率的に活用されていないことを意味する。生産構造などを再構築する必要がありそうだ。
 こうした経済低迷に追い打ちをかけているのが米トランプ政権の「関税爆弾」だ。対米貿易黒字国(韓国は660億jで日本に次いで8番目に多い)を主要対象に、自動車と自動車部品に突然25%の関税を課すと発表し、4月3日から高関税を発動した。また、鉄鋼とアルミニウム製品に対しては追加関税率を25%から50%に引き上げ、6月4日から適用している。さらにすべての製品を対象にした相互加関税率25%を課すと7月7日に通知してきた。その後、交渉期限前日の7月31日に日本並みの15%に引き下げることで合意したが、その見返りに造船協力中心に500億jの対米投資や1000億j相当のLNGなどの米国産エネルギー購入を迫られた。
 相互関税率は引き下げられたが、トランプ関税は間違いなく、自由貿易を真っ向から否定するもので、米国内でもノーベル経済学賞を受賞した著名なポール・クルーグマン氏が相互関税について、貿易相手国に対する虚偽の主張もしていて、「支離滅裂で完全に狂っている」と批判するなど反対論も強い。だが、現実問題として対米輸出(7月103億j)が全輸出の20%近くを占め、依存度が高い韓国にとって、トランプ関税の影響はとてつもなく大きい。
 特に自動車で顕著だ。昨年の対米輸出は143万台に達し、金額にして347億jの主力輸出品目だ。最大手の現代自動車は4年間210億jの大規模投資や米現地工場の生産拡大などの対策を講じるとしているが、すでに第2四半期(4〜6月)に高関税による損失が8000億㌆を達している。また、対米鉄鋼輸出は昨年277万d(35億j)に達したが、鉄鋼都市・浦項市の李康徳市長は「鉄鋼産業は建設、自動車、造船など主力産業の基礎素材となる国家基幹産業であり、鉄鋼業界が崩壊すれば韓国経済全般が揺らぐことになる」として対策を訴えていた。
 韓国は輸出を通じて成長を続けていた。輸出依存度はGDPの48・3%(世界銀行数値)と極めて高い。貿易依存度では68・3%になる典型的な「貿易国家」である。国際協調、さらには世界平和が必須だが、トランプ関税が突発するような不確実な時代に対処するには産業政策や企業経営で備えることが緊要となっている。
 
財閥経営改め業種別専門化を徹底

 そこで、韓国の大企業の在り方が財閥中心になっていることに懸念が生じる。特に30大財閥への経済力が集中しており、4大財閥では資産総額基準で1444兆㌆(昨年)に達し、3年間で15%も増え、利益も増えた。だが、雇用は横ばいで国民の要求に答えていない。
 もともと、財閥は日本発祥の言葉だ。明治時代の1900年前後に甲州の同郷出身の事業家たちが結束して経済界を席巻したことを指す。その後、特定一族を権力の中心に多業種にまたがる企業の巨大連合体として発展してきたが、戦前の経済を支配した日本の財閥はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により解体された。今日も三井・三菱・住友などのグループとして残存し、横のつながりが強いとされているが、多くは資本と経営が分離された企業形態である。これと比べ、韓国の財閥の多くは資本と経営が密着している。このため、財閥一族に対して能力もないのに経営トップとして世襲しているなどといった批判が絶えなかった。
 財閥は富裕一族による独占的な出資により結合した企業形態だが、資本と技術の集中で競争力を高め、「漢江の奇跡」を実現する原動力になったとの評価もある。だが、裸一貫の創業者時代から2・3世に至る過程で様々な物議をかもした。最大は現代グループ一族の権力争いの末、自殺者まで出した。サムスングループでは創業3世の李在鎔会長が大法院で無罪にはなったが、系列社の経営権確保のための不正問題などが常に監視対象になっている。今後はこのようにつきまとう疑惑を根絶しなければならない。
 韓国ドラマでも財閥をテーマにすると人気が高い。富や成功の象徴であり、若者たちが望む就職先が財閥企業であるからでもある。また、世界をまたにかけたビジネス展開、企業買収などの話も現実的に興味深い。問題は世襲経営の弊害であり、昇進をあきらめ、転職する社員が多いことである。また、内紛、不祥事なども批判が絶えない。最近見た22年放送の「財閥家の末息子」(全16話)にもそのような財閥の生態が描かれ、納得がいった。その一方で、一代で大企業グループを育て上げた創業者の執念が名演とも相まって強く印象に残った。同時に彼らが韓国経済の基礎をつくったのは間違いないと思わせた。

新成長エンジン発掘

 だが、いまは大転換期の時代である。自動運転、空飛ぶ車が一般化するのもすぐ目の前にあり、猛スピードで進化するAIが生産システムばかりか私たちの意識や社会を大きく変える可能性が高まっている。韓国経済が立ち上がり高成長を実現した第1段階、IT先進国として世界に確たる地位を築いた現在の第2段階、そして未来の新産業、新成長エンジンを生み出す頭脳集約型の第3段階に突き進むには現在の財閥経営で可能だろうか。今度こそ資本と経営の分離を徹底し、多業種に広げるのではなく、少数の業種の専門化を徹底すべきではないか。韓国が誇る半導体も中国からの追い上げが激しく、ファウンドリー(受託生産)では台湾のTCMAがトップの座にある。昨年の半導体売上高世界1位のエヌビディアはAI半導体を武器に急成長している。開発や製品の先端化が猛スピードで進む今日、企業経営、生産システムも効率化が必須だからである。
 政府は、京畿道龍仁市に世界最大の半導体クラスターを構築するなど全国15の国家先端産業団地を指定し、ハイテク産業を集中的に育成する計画だ。特に、半導体、ディスプレイ、二次電池、未来自動車、バイオ、ロボットの6産業にはR&D(研究開発)や人材育成、税額控除などの支援に550兆㌆を投じる計画を進めている。
 これまで財閥は多数の業種の系列企業をかかえ、多角化で成功してきたが、今後は主力企業に集中する業種別専門化で対処しなければ、し烈さ増す国際競争で優位に立てないだろう。中小企業とは違い大企業、特に上場企業では所有と経営が分離されないままでは経営効率の向上が図りにくい。韓国はほとんどの財閥企業でこれが一体となっており、今後の展開を考えるうえで支障にならざるを得ない。それでも韓国企業には底力からがあり、最近もサムスン電子がテスラと32年までの160億jに及ぶ大規模はファウンドリー契約を結んだ。また、SKハイニックスは第2四半期に売上高22兆2000億㌆、営業利益2兆㌆超の過去最高の業績をあげた。
 新時代にはベンチャー企業の育成も欠かせない。現在、韓国のベンチャー企業数は2023年基準で4万81人社で、93万5000人が働いている。かなりの数になるが、年間売上高をみると合計240兆㌆で、これは300兆㌆を超えるサムスン電子1社を下回る。ベンチャー投資のさらなる拡大が急がれるわけだ。
 格差問題も大きな課題で、持てる者と持たざる者の二極化が深刻化している。大企業と中小企業間、正規職と非正規職間の賃金格差が拡大したことが大きな要因だ。統計庁などによると、2023年の世帯所得上位10%の年平均所得は2億1951億㌆で、下位10%の1019万㌆の20倍を超える。また、総人口の上位1%が韓国の富の25・4%を占め、上位10%ではさらに58・5%に高まる。これに比べ、下位50%が占める比率はわずか5・6%にすぎない。一方、大企業に対する中小企業の賃金水準は2006年の65・0%から21年には54・5%に下がっている。この差が縮んだという報告はない。

所得再分配強化し格差のない公平社会築く

 非正規職の賃金格差はもっとひどく、正規職の半分水準だ。所得の公正な分配が緊要であり、所得再分配政策の強化が必要だろう。格差には地域間、男女間などでも解決が急がれる。特に人口が10
00万人を超え、不動産価格の急騰で庶民に手が出せないソウル一極集中の是正が急務だ。政府はソウル南方に「第2首都」として世宗市を建設し、2012年から政府機関などの移転をすすめたが、抜本的解決に至っていない。政府機関だけでなく、産業資源や企業の本部を地方に積極的に移転することも大事だ。この点、産業革命以降進めてきた英国の経験が参考になる。また、男性の7割ほどの賃金しか得られていない男女間の賃金格差是正にもっと力を入れるべきだろう。成長には光と影がある 。   
 2020年に米アカデミー作品賞をアジア映画で初受賞した「パラサイト 半地下家族」は、その影の部分に焦点が当てられていた。物語は、半地下で暮らす一家がIT企業の社長一家が暮らす高台の豪邸に住みつき、徐々に寄生し合う過程と悲劇的末路を辿るが、格差問題の本質に迫った映画と高く評価されたのだと思う。20年基準で韓国の半地下ないし地下生活世帯は32万人とされる。3年前にはソウルの大雨による浸水では半地下に住む4人が犠牲になった。政府は半地下からの退出を進めているが、貧困層の行き場確保が先行しなければならないだろう。
 世界では大規模干ばつや大規模洪水が発生しており、韓国では今夏200年に1度といわれる集中豪雨で20人を超える死者を出した。日本は連日35度を超える高温で悲鳴をあげているが、湿度が低く夏も比較的涼しい欧州ではエアコン普及率が低く、特に南欧では連日40度超えの熱波に悪戦苦闘状態だ。米国テキサス州では大規模洪水で100人以上が犠牲になった。中国も大洪水で多数が亡くなった。欧米で大規模山火事が頻発しているのも見過ごせない。すでに水没危機の南太平洋のツバルは豪州移民申請が殺到している。
 明らかに地球温暖化が急速に進んでいる現象であり、人類がいまだ経験したことのない世界である。韓国や日本でも温暖化に対応する技術開発は極めて重要である。韓国はCO2(二酸化炭素)排出量が5億9240万d(22年)にのぼる。1人当たり12万dでワースト10位だ。徹底した排出削減に努めるべきだ。
 10月に慶州でAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会談が開かれる。トランプ政権の「関税爆弾」が世界経済を大きく揺さぶっており、1国だけで解決できる問題ではない。米中首脳も参加予定というが、首脳会談の主催国である韓国は関税問題はもちろん、あるべき世界経済の未来像や地球温暖化の防止策について真剣に問題提起し、議論をリードする役割を積極的に果たしてほしい。
 産業界ではすでにAIの急速な進化で時代は新たな段階に入っており、国土が狭小で見るべき天然資源のない韓国としては、頭脳・技術を武器に立ち向かい、混沌の時代を先取りすべきだろう。実は、1999年当時の金大中政権は、「知識基盤社会」という目標を提示していた。これは知識が社会・経済の発展を起動するというもので、諸情報を取り入れた知識が主役になる成長モデルである。そのために高等教育を重視する必要があるとしている。「種をまかずに芽は出ない」であるが、今は時代転換のスピードが速く、未来を見据えた戦略を早急に立てる時だろう。
 韓国には世界最速で進む超少子化問題がある。統計庁によると、1人の女性が産む子供の数の指標となる「合計特殊出生率」が昨年0・75を記録した。一生に1人も産まないということだ。それでも前年と比べ9年ぶりに0・03ポイント上昇した。世界比較してみると、OECD加盟38カ国のうち、1を下回るのは韓国だけで、OECD平均1・52の半分にもならない。下位の日本(1・26、イタリア(1・24)、スペイン(1・19)と比べても比較にならないぐらい低い。世界最低水準だ。どのように対処してくべきか。これまで様々な政策が打ち出されたが、見るべき効果を上げていない。政策の大転換とも言うべき思い切った行動を起こすべきかも知れない。
 建設会社の富栄グループが2021年から1億㌆の出産奨励金を出し話題になったが、企業の間には少子化問題を重視する傾向が出始めた。行政もソウル市が婚姻届けを出した夫婦に生活準備費として100万㌆を支給する対策を打ち出した。また、出産後もソウル居住を継続できるように周辺地域との家賃の差額分を2年間支給するという。社会的にもこうした雰囲気を高めることが重要だろう。
 韓国はまた、高齢化も急速に進んでいる。65歳以上の高齢者人口は1000万人に迫り、全人口の2割を占める。平均寿命が世界的にも高く、WHO(世界保健機構)などの統計によると、韓国は世界5位圏に入る。特に女性の平均寿命は昨年86・4歳で日本に次ぐ世界2位。統計庁発表の「将来人口推計」では、2065〜70年の平均寿命が90・2歳に上昇し日本を抜き世界一になると推定している。人口が減少する中、少子化が進み、高齢者のみ増える。OECD調査によると、高齢者の貧困率は39・8%。加盟38カ国中で最も高く日本のほぼ2倍だ。国民年金制度の導入遅れも原因だが、縮小する若年層の負担は大きくならざるを得ない。
 日本とは格差問題だけでなく、首都圏集中、少子高齢化問題など共通課題は少なくない。例えば、社会保障制度で日本に学ぶ点もあるだろうが、韓日がプロジェクトを組み本格的に研究し対策を講じることの意義は大きいと思う。連携を強め、未来に先駆けて本格的に取り組んでほしい。

韓日貿易60年間で352倍

 今年は解放80年だが、1965年の韓日国交正常化からも60年になる節目の年だ。歴史認識問題など課題は残るが、解決に向けた努力は正念場にある。この間の両国関係を経済的にみると、飛躍的に拡大してきた。韓国貿易協会の国際貿易通商研究院が発表した「韓日国交正常化60周年、韓日企業協力の現状と発展戦略」によると、両国間の貿易規模は2億jから昨年は772億jへと352倍に拡大した。
 近年は韓国の多角化政策もあって鈍化傾向にあるが、両国間の貿易高は1000億jを突破したこともある。いま韓国にとって日本は第4位の貿易相手国で、日本にとって韓国は第5位の貿易相手国だ。これまでトゲとなっていた慢性的な対日貿易赤字は2010年の361億jから179億jに縮小した。
 さらに報告書は、現在の中間財中心の両国間の貿易構造をみると「未来の先端産業で両国企業が素材・部品・装備を中心に協力の機会を拡大していく可能性が高い」としている。2000年以前は韓国が主に繊維や化学機械を輸入し衣類を輸出するなどの垂直分業体制が目立ったが、その後は半導体をはじめ石油製品、鉄鋼などハイテク・重化学産業を中心に取引が拡大したと分析しており、これは韓日産業間協力が高度化していることを意味する。
 注目すべきは、日本の対韓直接投資が昨年61億jと前年の4倍以上も増えた点だ。中でも対韓投資で日本企業最大の東レは国交前の63年から進出し、5兆円を超える投資をしており、アラミド繊維など高性能先端素材を生産している。最近は富士フィルムが1000億円、住友化学が500億円と最先端の半導体製造向けに極紫外線(EUV)露光装置の建設など半導体素材投資も増えている。

経済人会議欠かさず57回   少子化など共通課題で連携

 一方で、両国経済人の集まりである「韓日経済人会議」が57回目を迎え5月にソウルで開催され、多くの共通課題を抱えているため、「韓日協力は必然」と共同声明に盛り込んだ。特に、この経済人交流で注目すべきは、1969年の第1回会議から1度も欠かさず韓日で毎年交互に開催されてきたことで、経済人同士の横のつながりは相当幅広くなっている。また、日本ではK―POP、映画・ドラマなど韓流ブームが定着し、韓国では漫画やアニメ人気も高い。若者たちの大衆文化交流は勢いを増している。このように経済・文化を基軸に多分野で韓日関係は緊密化しているとえよう。
 李在明大統領は、韓日国交正常化60周年に際して「両国は激変する国際情勢の中で対応策を共に模索すべき重要なパートナーだ」として「より良い未来へ向けてともに進もう」とのメッセージを送っている。共通の価値観をもった近隣同士、両国間だけでなくアジアの発展のためにも、これまで以上の緊密な協力を必然としたい。
 さて、今の若者たちが社会の主軸となる10年20年後にはどんな未来社会が広がっているだろうか。特に国民生活を支える経済はどうなっているだろうか。「貧困や格差のない真に豊かな社会の建設」が最も重要なテーマであり、未来に夢と希望を与えるよう今後何をすべきなのかを真剣に考える時だと考える。政府の役割とは何だろうか。国民が揃って豊かな生活を送れるように政策力量を総動員することだろう。経済・産業に照らしてみると、所得などあらゆる格差を是正する「正義社会」を実現し、新成長エンジンを発掘し、企業投資を活性化する制度的支援に努力すべきだ。
 この80年間の韓国経済の歩みは試練の連続だった。だが、打ちひしがれることなく、執念のようなエネルギーを発揮し、経済成長を遂げた。その秘密が歴史からも垣間見られる。それは35年間の植民地支配が痛恨の屈辱として残っていることだ。
 最近見た韓国で観客動員4週連続1位のヒット作「ハルビン」にその一端を感じ取った。1909年10月、中国のハルビン。大韓義勇軍の同志たちと植民地支配に道を開いた伊藤博文統監暗殺に至るスリリングな内幕を描いたものだが、暗殺に成功した当時30歳の安重根が義士として英雄視されたのもその直接的な感情だろう。映画を見た遺族たちは「私たち独立闘志たちがどれほど苦労して国のために戦ったのかと思うと涙が出る」「最後に言った言葉のように暗さがあっても松明をもって前に進む韓国国民になってほしいと」と述べたという。「歴史の重い支え」としてあるのは間違いないだろう。   
 ここでは次の成長プロセスを「第3段階」と規定したが、真に豊かな未来に向けてチャレンジする発展エネルギーを点火すると期待したい。