2012年1月20日号

              平城遷都1300年記念事業として弊紙が主催した日韓友好祭で
          渡来人の偲ぶ舞が披露された
            (2010年5月15日 奈良県明日香村・飛鳥石舞台)


渡来系の可能性高い卑弥呼


 紀元前から朝鮮半島と日本列島の間には人、物の往来があり、交流が盛んだったという痕跡が多く見られる。弥生時代に稲作技術が朝鮮半島から伝わったとされる。紀元前400年頃から朝鮮半島には鉄器が普及し始めた。日本には、紀元前300年あたりに鉄器が伝わったという。180年代頃に当時の倭国の指導者と言われる卑弥呼は鉄の流通を支配していたという。卑弥呼は30国ほどの盟主となり、統一国家を築いたとされる。
 倭の小国のリーダーたちは先進地であった朝鮮半島に赴き、鉄鋼や製鉄技術を導入したと言われる。兵庫の滝川中・高等学校の教師、岡本一郎氏は「卑弥呼の卑は渡来人を表し、遠い地に赴任した人を意味する。卑の皇女(みこ)、つまり渡来してきた王女の意味だった。彼女は金首露王の娘であり、まぎれもなく金海の金である。倭国の大乱を治めた女王は以外にも朝鮮半島出身の皇族だったのではないか」と推測している。
 今年、奈良県では古事記、日本書紀編纂1300年のキャンペーンをはっている。古事記の中に神功皇后の三韓征伐のくだりがある。先述の岡本氏は神功皇后イコール卑弥呼とし、卑弥呼を慶尚南道の伽?出身と見ている。伽?は鉄の原産地だっと言われる。
 つまり、三韓征伐ではなく、神功皇后イコール卑弥呼が彼女の故郷訪問をしてきたのだと主張している。古事記に三韓征伐と書かれているので、そのまま読むと、当時の朝鮮半島の人は悪で、懲らしめるべき対象であり、植民地史観の源流をここに見るという。卑弥呼はシャーマン、呪術を駆使し、統治の術として活用した。古代の卑弥呼が朝鮮半島出身だったとする裏づけとして、現在でもシャーマンが韓国で貴重がられている状況があげられている。

飛鳥寺は渡来文化の象徴

6世紀中頃、朝鮮半島、当時の百済から伝わった仏教文化が奈良県の飛鳥を中心に根付き、文字が定着していった。その象徴が日本最古の寺院とされる飛鳥寺だ。588年、百済からの僧侶、寺工、画工らが当時の日本にやってきて寺院の建立に従事。596年、現在地の奈良県明日香村に建立した。飛鳥寺の山本寶純住職は「韓国の方が飛鳥寺に来られると、百済、先人の匂いがプンプンするという」と話す。同寺院建立の際、百済の建築技術が導入され、高句麗からは金三百両が贈られたという。
 このことが事実であるなら、飛鳥寺は当時の日本と朝鮮半島との合作だったと言える。金三百両は今の金で換算したら、その額は計り知れないだろう。日本はその恩恵を考えたら、朝鮮半島の戦後処理で数十兆使ったとしても微々たるものだ。
 飛鳥京は6世紀末頃に創都されたと言われる。その都づくりには、寺院建立の際と同様に朝鮮半島からの渡来人が主導的な役割を果たしたと言われる。山本住職は2009年の本紙インタビューで「平城京に遷都されて1300年。ここ飛鳥は創都1400年です。韓国と北朝鮮の理解ある方々がこの飛鳥大仏の前で心と心で手を結ばれるような行事があればいいですね。そのことが小さな種になり、その種がまた広がっていくことでしょう」と語っていた。
 日本民族の成立の課程は、朝鮮半島からの渡来人とアイヌ民族を中心とする原住民との混合と言われており、一部言われている「単一民族」説と相反するものである。そうであるならば、日本国民は古代渡来人の役割を深く認識していただきたい。その功績に感謝されることはあっても、侮蔑されることはない。
 東アジア古代史研究会の佐藤清会長は「渡来人の功績を考えたら、地方参政権などは当たり前のことで論議の対象にすらならない」と話す。相愛大学名誉教授で雅亮会の楽頭、小野功龍さんは「宮内庁の雅楽師は皆、渡来人の豪族、秦河勝の末裔であることを誇りに思っている」という。


新しい在日像の確立を

 日本社会の韓国、中国などアジア諸国に対する蔑視は明治以降、近代国家の成立と繁栄を急ぐあまり、他のアジア諸国民を踏み台にして、西洋近代化にとりつかれ、帝国主義を選んだ産物なのである。そして、戦争責任を曖昧にして天皇制の道を忠実に歩んだ。そこには主体の「私」がなく、曖昧にしたまま、米国に従属し、経済繁栄の道を突き進んできた。日清、日露戦争で朝鮮半島を米、露、英などと取引の対象とし、植民地政策を挙行した。戦後は朝鮮戦争、関東大震災での朝鮮人弾圧など、近代から現代へいたるまで、朝鮮民族を踏み台にしてきた。現代、一部の保守系グループは「キムチの豚ども国へ帰れ」と煽り立てている。前原前外相の在日からの献金問題でも、「外国人違法献金」と大騒ぎし、在日のイメージに少なからず悪影響を及ぼした。
 反面、在日のイメージ向上につながる言論は皆無に等しい。日本を元気づけたなでしこジャパンで大活躍した主力選手たちが、日頃クラブチームで練習する環境をバックアップしたのが在日商工人だという報道はほとんどない。
昨年の震災で多額の義援金を個人的に送り、原発事故を受け、エネルギー問題でいち早くアクション起こした孫正義氏は中国人だと言い張る日本人もいる。また、百済は中国の領土だと力説する人がいたり、文化のすべてが中国から経由し、朝鮮半島は関係ないという向きが少なくない。 在日同胞はこのような日本社会に生きている以上、ある程度日本の皇国史観に影響を受けることはしかたない。しかし、植民地支配から百年が経過した。もうそろそろ被植民地の呪縛から脱し、新しい在日像を確立する時期が来ている。次の未来世代が日本を拠点にどう生きていくべきか、真摯な論議をしていきたい。
 日本国民全体には、いまだに韓国、朝鮮人は嫌いという意識が支配的である。例えば、アイヌ民族、被差別部落の人々を蔑視するごとく、韓国人を同列視する傾向はないだろうか。そうであるならば、そのような偏見に満ちた日本国民の歴史観、民族観をただしたい。2000年に及ぶ日本と朝鮮半島との交隣関係史を客観的に史実に基づいて検証していく作業が必要である。
 差別史観の典型である「単一民族」説などは打ち砕いていかなくてはならない。日本は天皇を中心とする階層、階級社会の様相を今日もなしていおり、よそ者ということで外来人士をなかなか受け入れようとしない構造、システムがある。
古代からの差別体系があるのに、外国人地方参政権の実現をと単純に槍を突くようなやり方では効果がない。つまり、地方参政権獲得運動は根底に、日本人の差別史観を払拭する歴史文化運動と連動することによって効果的なものになるのではないか。日本国民の意識を改革することが重要である。
 今秋、弊紙は奈良・飛鳥で韓文化友好「飛鳥創都祭」を開催する。同祭は日本国最初の都と言われる飛鳥の地において、都づくりの主役であったとされる朝鮮半島からの渡来人を偲ぶ祭りである。
渡来人が都づくりに参画した気概を現代によみがえらせたい。1人でも多くの日本人がそのことを認識し、感謝と友好の精神を持ち合わせていただきたい。
在日同胞の多くの方は飛鳥なんて古代のことであり、現代に生きる私たちには関係ないと言う人もいる。食べていくのに忙しく、それどころではないという人もいる。渡来人が果たした役割を知ることにより、半島・列島間を越え自由に交流していた古代こそ多文化共生の象徴であったことを認識できる。また、何よりもコリアンとしての誇りを呼び起こすことができるのではないか。
 日本における韓国・朝鮮籍の人口が減少しているとは言え、在日同胞100年の歴史の重みがある。東西冷戦、祖国の分断から生じた在日同胞の存在は植民地の悲劇の産物である。ゆえに、海外同胞の中でもどの地域の同胞よりも長い100年という苦難の歳月を乗り越えた今、新しく希望に満ちた存在に生まれ変わる必要がある。
過去の悲惨な暗いイメージから脱却し、日本国をつくり上げた渡来人の威光を借りて、現代版渡来人としてたくましく生きていきたい。未来の世代に継承できる文化力を養っていこうではないか。