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(聞き手・李相善本紙代表) ――昨今、子どもへの虐待など日本社会の退廃振りが目に付きます。どうしてこのような現象が起きていると思いますか。 佐野 日本人は鬱(うつ)になりやすい傾向があります。日本は長きにわたって国家の悪行を隠してきてしまったからでしょう。韓国に対しての過去の歴史を意図的に隠蔽しようとしてきました。率直に認めて謝罪していたら、心が解放されますが、そうでない時代が長く続いてきました。 歴史に対して隠蔽してきたように、あいまいなもやもやしたものが、日本全体に覆いかぶさっているような気がします。島国と陸続きという地理的条件からくる国民意識の違いは相当なものです。 韓国の歴史を見ると、高句麗の時代から中国の侵略を受け、海からは日本の侵略を受けてきました。だから韓国民は自分の生活は自分で守らないといけませんでした。韓国の方は意外とお金があったらぱあっと使ってしまいます。そうでないと他の人に取られてしまうからでしょう。 日本の場合は島国という囲いがあって、財産があっても保障できるので貯めていくという習性が強いのです。海に囲まれ、国からも保護されているので、過去の歴史も臭いものに蓋をするという傾向が強い。日本にとって都合の悪い歴史は蓋をしながらここまで来ました。やがて蓋ができなくなってしまい、精神が限界を超えてきているのでしょう。 ――そうした歴史的に積み重ねられた日本人の精神性が要因だということですね。 佐野 隠す、蓋をする。本音と建前の違いがありますから、ますます人間の本性が啓発されません。結局、親が子どもの本性を抑える方向に行ってしまうのでしょう。親の養った概念を子どもに押し付けて、それに子どもが耐え切れなくなってしまう。その反動として子どもはやりたい放題してしまうのです。それでは、人間として自立し、成長していくことは難しい。 例えば、日本の古代史がいまだに謎になっています。邪馬台国がどこにあるかわかりません。よくドラマでも自分が犯した罪を押さえ込んで平然といい子ぶって生きている人が、やがて耐え切れず自殺するというストーリーがあります。今、日本がそのような現象をなしているのです。 ――過去の歴史を封印してきたことが現代の若い世代に自己のアイデンティティの確立、認識に影響を与えてきたのでしょうか。 佐野 それがどう影響し合っているのか、証明しろと言われると難しい問題です。聖徳太子が十七条憲法の第一条に「和を以って尊しとなす」と言っています。いかに仲良くするかを優先し、善悪を主張しない傾向が日本社会にあります。 和を乱す人が悪だと決め付けてしまうのです。和から離れると、何をされるかわからないという恐怖心にかられるのです。旅の恥はかき捨てと、旅先で何をやっても自分が住んでいる和の中には影響を与えないから、いろいろと無茶なことをするのです。 自分たちがまとまるのは得意だが、外の人と自分の確固とした意見を交換しあい、交渉するのはへたです。一方、韓国人は1人で生きていくという発想があり、どこへ行っても自分を主張し、たくましく生きています。 ――日韓の国の成り立ちと歴史の流れについてお考えをお聞かせください。 佐野 元来、日本は韓半島からきた人たちによってできた国です。約1万年間続いた縄文時代からでしょう。古モンゴロイドといって東南アジアなどいろいろなところから日本にやってきた人たちが縄文時代を生き抜いてきたわけです。彼らは自然を神と崇めて、自然と共存してきましたし、自然を破壊することは嫌がった考えられます。 産業革命がなぜ起きたのか。それはキリスト教の考え方が根底にあったのです。人間の幸福のためには自然界を利用して、幸せになる権限を神から与えられていると考えたのです。カルビンの思想が代表的でした。 縄文時代はアミニズムといって自然を神と崇めて、自然崇拝の思想の中で生きてきたと思います。狩猟を主にしていたのですが、そのうち大陸が稲作が伝わってきました。 日本列島の住民は悪く言えば、長きにわたってアフリカの原住民のような生活をしていたと考えられます。弥生時代になって、韓半島に住めなくなった人々が渡ってきたのです。 普通、人間は安定した生活ができていれば、その場所を動きたいとは思いません。どっかに移動しているうちに、南端に来たら海しかない、釜山あたりから眺めていると、対馬が見えるし、そこに行くしかないと思うのは自然の現象だと思います。 (次号に続く) |
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