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| 国籍や所属を超えて各分野で活躍する在日コリアンが出席した(8月7日) |
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光復63年を迎え、在日コリアン社会は世代交代が急速に進み、2、3世が台頭した。新しい価値観を持った在日の行動、意識が非常に重要になってきている。各分野で活躍する在日の新世代に仕事や社会活動を通じて、忌憚(きたん)のない意見を述べてもらい、これからの在日の生き方を展望する。
<出席者>
梁 評 守 会社勤務・韓国民団生野西支部副団長
徐 文 平 積水ハウス勤務
安東初枝 グッドアイジョブ音楽事業部長
朴 一 樹 ミレ信用組合本店営業部渉外係長
申 堅 寅 ベストエアーライジング社長
<司 会>
李 相 善 本紙代表 |
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信 念: 共通する民族的アイデンティティの強さ
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司会 在日の職業も変化しています。自営業が圧倒的に多かった既成世代とは違って、日本の様々な会社に就職し、活躍している在日が多くなっています。梁さんは日本の企業に勤めながら、同胞保護者連絡会という地域の社会活動に参加されていますが、始められたきっかけは。
梁 子どもが通っていた小学校に6年前に民族学級を作ったのがきっかけで、民族教育に熱心な保護者や講師たちと出会い、2年前から役員としてお手伝いしています。大阪市内の民族学級の入級式や修了式などに参加したり、公立小・中学校民族学級に通う子ども達と保護者が集まって、運動会や文化祭をするんですが、そのお手伝いが契機となりました。
司会 徐さんは韓国名で堂々と勤務されていますが、本名使用に至った経緯は。
徐 実家は山口県で、両親は養豚業を営んでいました。周りからいつも臭い、臭いと言われていましたが、実際臭かったんです。(笑)中学生になり、物心がついて歴史を学び始めると、(在日)朝鮮人が悪いのではないということを知るようになりました。
名前に関しては、自分自身の気持ちをごまかすことはできないので、いつも本名を使用するかどうかの葛藤がありました。ですが学校に良い先生がいまして、「逃げるな」とか「隠すな」と励ましてくれて。それで中学から本名を名乗るようになったんです。その先生の影響は大きかったですね。
司会 安東さんは日本国籍を取得されてから、よりコリア文化に熱中されるようになりました。
安東 日本国籍を取ったことは、それほど深くは考えていませんでした。たまに60代、70代の方々に、「国を捨てた」みたいに言われることはあります。
私は「安東」という名前がすごく好きなんです。日本人のアンドウのドウは藤の字なんですが、韓国人の場合は東です。韓国名は安東権氏の「権」なので、この「安東」という姓名に、韓国人としてのこだわりを持っています。国籍が変わっても私の血はコリアですし、同じ音楽事業をするのだったらコリアのものがいい。だから、自身が好きな韓国音楽に重点を置いています。
生演奏のコーディネイトでは、日本の音楽大学を卒業された方を派遣していますが、面接には韓国、朝鮮の学生も来られます。(テストで)演奏してもらったりもするんですが、中には非常に高い芸術性を持った学生もいるんです。そういう人たちや朝鮮学校を出た人など、できるだけ韓国、朝鮮の学生を日本の社会に出そうとしています。
司会 朴さん、民族金融機関でのやりがいをお聞かせください。
朴 社会基盤を支えているのは経済ですし、同胞社会の土台というのも経済です。オモニはウリハッキョ(朝鮮学校)のソンセンニム(先生)で、アボジは朝鮮商工会の専従をしていました。幼いころの生活は、豊かだったとは決して言えませんでした。
入社して今年で10年目になりますが、単に金融業務をしているわけではありません。経済活動を通じて、経済の基盤をもっと豊かにし、同胞の皆さんがより豊かに生きていけることを目標にして金融業務の活動をしています。
司会 申さんは、輸出業で韓国へ行ったりきたりされていますが、どうしてそのような業界に目をつけられたのですか。
申 もともとは、物を開発する製造業をやっていたのですが、日本の製造業は実に厳しいんです。ある時、中国に行ったときのことです。現地に住む朝鮮族が、韓国語でいろいろな取次ぎのビジネスをしているのを見て、自分も韓国語を使って貿易ができるのではと考えたんです。
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課 題: 親と新世代が共通テーマで教育・文化の交わりを
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| 自らの生き方や民族組織の問題点などについて論議する出席者ら |
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司会 在日は組織的には民団、総連と分かれ、いまだに旧イデオロギーの体制をそのまま踏襲しています。また、毎年国籍取得者が1万人を越えるなど、従来の価値観ではとらえきれない現状にあります。在日の課題について。
梁 民団、総連ともそれぞれの歴史があります。民団の役員でも親、友人、先輩から継いでたまたま役員をしている人が多い。朝鮮学校の卒業生なので、総連の役員をしている方も多いと伺っています。ほんどの方は在日コリアンとして何かお手伝いできることはないだろうかという、純粋な思いから役員を引き受けているのではないでしょうか。
司会 4、5世のためにはどうしたらいいでしょうか。
梁 過去の民団、総連の主な対立は祖国の政治的問題が原因でした。政治的対立が激しかった世代の先輩方は組織のまだ第一線にいらっしゃり、和解して協力し合うことに積極的になれないようです。しかし、もう少し民団、総連の役員の世代交代が進めば、役員の関心が民族教育と高齢者福祉などが中心となり、対立する問題は少なくなるでしょう。民団では、いろいろな行事にしても、民団主催か後援のものだけ手伝う、参加は団員世帯や傘下団体にだけ呼びかける、などの縦割り行政が多い。私達の課題は、横断的のネットワークを強化することです。今は世代間で関心が大きく異なります。同じ世代を対象にした行事や生活支援などが大切ではないでしょうか。例えば、大阪市内のオリニ文化祭や運動会などは、保護者、民族講師、日本人教師が共同で手伝い、日本の公立学校だけでなく、民族学校に通うオリニ達も集まります。40歳代以下の保護者オモニ、アボジと数多く来られ、数百名にもなります。
徐 私は会社人間ですから、民族の組織はほとんど知りません。裁判をしているときも、民族団体は何の反応もありませんでした。私を支えてくれたのは、見たことも聞いたこともない人々の、個人の力です。
こんなことを言っては悪いのですが、民族団体は「差別反対、人権擁護」だと言いますが、これでは一体何のための組織かと言いたい。これからも差別と戦う人間がいたら、積極的に、全面的に支えてあげて下さいとお願いしたい。
司会 昔の先輩たちは民団、総連に入り、コミュニケーションを図ってきましたが、いまの3、4、5世は世代間の交流が希薄になっています。ネットワークをつくる何か良い方法はありませんか。
申 民団、総連ともに社会的、経済的に厳しい状態にさらされています。加えて家族、親子、夫婦間の感情の亀裂もあり、同胞社会全体がギクシャクしています。組織は益々求心力がなくなってきています。昔は、トンネ(村)の人たちが何か持ち寄って分かち合ったり、家族の情報交換をしたりと、人と人との結束、強い絆がパワーになっていました。
私もいま、人と人を結びつけるキーワードになるものを考えています。今は、精神論や愛国心を掲げて「連帯しろ」と言っても無理です。お互いが尊重し合いながら、良い人間関係、良い仲間ができる環境を作らなければなりません。大学を出て、専門的にある分野を研究していても、孤立してしまう青年もいます。知識と経験を持ち寄せられる、何か小さな集まりを持てないものでしょうか。昔は同盟、連帯といった言葉を使っていましたが、まずは今の若い世代に合う言葉を見つけていきたいです。
安東 在日の3、4世も民団、総連に対してほとんど関心はないんです。一番大事なことは、在日コリアンが生涯、日本の国でどう生きていくかということです。拉致問題でも、私が生演奏に派遣している朝鮮学校の学生は、「北朝鮮がどうのこうのと、日本のマスコミで言っているが、自分たちがやったことではないので関係ない」という状況です。
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