2009年5月31日号
渡来人の先駆的精神を学ぼう
渡来人の源流地 奈良県明日香村飛鳥
 
2010年の平城遷都1300年祭に参画する本紙

 日本で最初の都は6世紀末の飛鳥宮である。6世紀から7世紀代の飛鳥時代に日本国家成立の原像を見ることができる。
 飛鳥は7世紀の政治、文化の中心であり、百済系の蘇我氏が本拠地とした。仏教を熱心に信仰した蘇我氏は百済の技術者とともに飛鳥寺(596年)を造営し、仏教文化の基本を作り上げた。
飛鳥寺の山本宝純住職は「当時、百済、高句麗のおかげでこのお寺ができました」と明言している。高句麗からは黄金300両が送られたとされている。
 歴史的な白村江の戦いで、百済・日本連合軍が唐・新羅連合軍に敗れた。そして、百済、高句麗から日本に大量の亡命者が次々と流れてきた。朝鮮半島からの人々の移動により高い技術仏教文化が飛鳥に定着した。
 今、話題になっているキトラ古墳、高松塚古墳から発掘されている壁画四神(青龍、朱雀、百虎、玄武)は古代の人々の方角の守り神である。そしてその被葬者は誰かと注目を浴びている。
奈良県立図書情報館館長の千田稔氏は著書「飛鳥」の中で「高句麗からの渡来氏族に連なる黄文本実(きぶみほんじつ)が、高句麗古墳の画師ではないか」と予測している。
 百済、高句麗などからの亡命者、渡来人が奈良飛鳥一帯に住み着き、朝鮮半島の故郷を偲んで墓に壁画を描いたのだろうとの説が有効だ。そして郷愁にかられてその思いを歌ったのが万葉集だ。高松塚の女子群像の衣服は誰が見てもチマチョゴリだ。まさに飛鳥美人の源流は朝鮮半島の女性と言ってもよい。
 その飛鳥の石舞台で、弊紙は来年2010年5月、平城遷都1300年祭公式関連催事、東アジア平和友好祭「コリアンワールドフェスティバル」を開催することになった。歌、舞踊など韓国、朝鮮の文化を発信するとともに、渡来人の功績を検証する歴史シンポジウムも実施する。
 渡来人の足跡は日本全国至る所にあるが、飛鳥が源流地であり、日本の国家成立において決定的な役割を果たした。当時の東アジアの人々の共存共栄の歴史を見つめ直すことは、明日の友好と平和づくりに大きく貢献することと確信する。
 まさに飛鳥での四神が現代の複雑に絡んだ東アジア情勢を対話と融和、平和へと導いてくれる守護神と思えてならない。
 平城遷都1300年祭は来年、日本国家が進める一大文化事業であり、奈良に1300年前の平城京跡が再現される。その祭りの関連行事の1つとしてコリア祭を開催することは、新たなる朝鮮半島と日本との連帯を築き上げる絶好の機会と言える。

       遷都祭関連事業「美しき飛鳥」実行委員会の初会合に唯一在日コリアンとして出席した
       李相善本紙代表(右端)=5月25日 奈良県明日香村橘の村健康福祉センター=     
来年5月「四神」壁画を一挙公開
 
 平城遷都祭開催と歩調を合わせたかのように、韓国・忠清道で「大百済展」が行われる。古代国家、百済の形成史を確認しながら、韓国の文化大国としての豊饒性をアピールするものだ。
日本は平城京遷都に至る渡来人の役割、韓国では百済文化、北朝鮮は世界遺産の高句麗壁画、中国は鑑真による文化伝来などをテーマに、それぞれの交流往来史を研究することは、東アジアの現在、未来のあり方を探る上で、大きな意義があると言える。
 日本と北朝鮮との間では拉致問題が横たわり、いまだに緊張が続いている。お互い不易な軍拡競争は止揚し、平和友好の道を模索していかばければならない。そのために双方が歩み寄るには親和性の高い文化、芸術交流が最適と言える。
 前述の通り、奈良飛鳥でこれまで部分公開だった四神壁画が、4つ同時に公開される。高句麗壁画とキトラ古墳の類似性が説かれている中、双方が資料交換、シンポジウム共同開催など学術交流をしていくことを切に望む。その過程で友情と信頼が生まれ、拉致問題を解決できるチャンスが到来する可能性も出てくる。在日が双方の間に入って、壁画を媒体にして、平和の仲介役を担うことも期待できるのではないだろうか。
来年の平城遷都祭を契機に、東アジアの平和友好定着を願い、在日は世界史の一里塚を形成していこうではないか。