2008年5月15日号
「派閥抗争」の悪しき伝統の止揚を
在日は朝鮮半島の統一・繁栄に尽くそう
在日韓国商工会議所商第46期定期総会で投票する代議員ら(4月26日 韓国民団中央会館)
●無益な選挙戦
 在日韓国商工会議所の会長選を通じて重大な問題が生じた。同会議所は民団中央本部の会館内にあり、その電話の内容が盗聴されたのだ。それが外部に流され、選挙戦に利用された。
 同会議所総会は4月26日、民団中央会館8階ホールで行われた。開始前にスピーカーが突然ハウリングし、会場にけたたましく鳴り響いた。音響を担当した民団中央の実務者が「おかしい。だれかが妨害電波を発している」といぶかしがった。
 筆者はふと、ウォーターゲート事件を思い出した。1970年代に起きた米国の政治スキャンダル。事件は野党だった民主党本部があるウォーターゲートビルに、不審者が盗聴器を仕掛けようと侵入したことから始まった。ワシントンポストなどの取材から、次第にニクソン政権の野党盗聴への関与が明らかになり、合衆国史上初めて、現役大統領が任期中に辞任に追い込まれた。
 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律がある。盗聴は「通信の秘密(日本国憲法21条2項)を侵害する行為であり、その結果個人のプライバシーが侵害されるものである」と規定している。
 民団中央の会館で盗聴されていたということは前代未聞のことであり、驚きを禁じえない。2度と起きてはならないことである。
 銘信しなくてはならないことは、在日は日本社会の中で日本国家の情報下にあるということである。日本の公安、警察が日常的に在日の組織、個人を監視しているのである。その証拠に各地方の民団本部の会館には必ず所轄の警察署から数人、傍聴に来ている。民団大阪の大会、地方委員会にも必ず来ている。本来なら、民団はそのような外部人士は入り口でチェックして会場内に入れてはいけない。余りにも無防備過ぎではないだろうか。
 ある韓商の代議員は「盗聴の犯人は分からないが、日本の公安など外部が盗聴を仕掛けるのはいとも簡単なこと。商工人はパチンコ経営者が多いので、お互いに喧嘩させて、韓国人同士つぶし合いをさせているのでは」と話す。日本の公権関与の可能性は必ずしも排除できない。
 今、パチンコ業者が全国的に倒産している。約7割が同胞の経営者であり、日本の国策からして韓国、朝鮮人にターゲットを絞っていることも考えられる。大手と小ホールの韓国人同士が経済競争でつぶしし合えば、遊技業界での韓国人の影響力の低下という国策の目的はある程度達成することができる。
 現代社会はインテリジェンス(情報)の戦争時代であり、情報漏えいが事態を左右する時代であることを在日もしかと認識しなくてはならない。
 婦人会中央の会長選も4月23日に行われ、2候補が競い合った。当選した余玉善氏に抱負を尋ねると、「とにかく選挙制度を改革したい」と言い放っていた。婦人会の役員が都内のホテルで白昼、選挙活動をしている場面を見たが、オモニたちが選挙に夢中になっている光景は何とも言えない気分に襲われた。東京、大阪とホテルに選挙事務所を借り切っている状況は見ていられない。
 婦人会のある代議員は「こんな選挙運動はオモニ、女性がやることではない」と言い切っていた。怪文書も頻繁に横行し、インターネットで特定候補の自宅の写真までもアップされていた。その代議員は続けた。「家族、若者が見たら何と思うだろうか。恥ずかしい。こんな選挙は2度と見たくないし、してはいけない」。
 もちろん、選挙が悪いわけではなく、民主主義社会では社会発展のシステムである。選挙の展開の仕方の問題である。同胞社会では、その根源は民団中央の選挙戦の展開にあった。数億の金をばらまき、人間関係までおかしくなるのである。その悪弊は地方本部の選挙戦にまで伝授され、とくに民団大阪本部では「伝統的」な金権選挙を繰り返している。民団中央から選挙戦の歴史を反省すべきである。
●派閥抗争に明け暮れる民族
 民団、商工会議所、婦人会が繰り広げられている選挙戦を見て、かくも韓国人社会の団結力のなさを痛感した。よく、韓国人は一人ひとりの能力は優れているが、団結力がないと言われている。その民族性は歴史的なものなのだろうか。
 かつての李朝時代は約500年続いた王朝国家だ。ある歴史家は李朝時代を次のように評している。
 「李朝の統一は社会とか大集団の利益の対極的な一致によって維持されたものではなかった。その逆にバラバラに分散した個が一様に中央の一点を目指す、周緑から中心へと向かう一極集中のダイナミズムによって保たれていたのである。人々は、唯一残された血縁という小集団(父兄血族集団としての宗族)に自らを囲い込むしかなかった。李朝の社会を良くも悪くも動かしたのは、各自が所属する、この血縁小集団の繁栄と向けられたエネルギーであった」
 文官、武官と呼ばれる両班が激しく対立し、貴族層の血なまぐさい不毛の歴史が繰り広げられてきた。両班人口は1690年には人口の約7・4%だったが、1858年には48.6%にまで増加していた。人口の半分が支配階級の身分だった。
 両班はどちらかの派閥に所属して、派閥間での官職獲得競争に躍起になっていたのである。その闘争は謀略に満ち、互いに血を流し合った。その闘争が何百年にわたり繰り広げられてきた。そしてその派閥の主張が唯一の正義であった。
 このような憎しみと抗争が子孫代々世襲されて、無慈悲な戦いが繰り広げられてきた。一旦、憎しみが増幅されると、妥協は不可能だった。それは権力が関わるためだった。闘争の長い期間に多くの学者が命を失い、派閥に反対して改革を求める学者の叫びも食い止めることができなかった。
 李朝が滅んだ社会的要因として、派閥の無数な抗争が主因と考察できる。
 子孫、末裔である在日も、李朝時代の抗争を選挙戦という形で、悪しき歴史を見事に再現している。少しでも対立と抗争を止揚していくことが在日に課せられた課題ではないだろうか。
●不可能への挑戦
 駐日韓国大使館主催の同胞レセプションで李明博大統領と言葉を交わす李相善本紙代表
                              (4月20日 東京・帝国ホテル)
 李明博大統領が4月20日来日し、東京都内のホテルで同胞レセプションが持たれた。弊紙からも筆記と写真の2人が、駐日韓国大使館からオフィシャルに許可され、報道陣の列に入った。席上、筆者は李大統領と会話を交わすことができた。筆者が大統領に「(お生まれになった)大阪の平野区へ行きたいですか」とあいさつすると、李大統領は笑顔で頷きながら握手を求めてきた。その雰囲気たるや、どん底から這い上がり、様々な難辛苦(かんなんしんく)を乗り切ってきた。いまなお、国家という現場で戦っている戦士のような雰囲気を醸し出していた。
 在日は李大統領から何を学ぶべきだろうか。李大統領の自叙伝に「神話は称賛するためにあるのではなく、創造するためにある。大切なのは不可能への絶え間ない挑戦だ」との下りがある。
 在日は李大統領と同じく筆舌に尽くしがたい苦労の歴史を積み重ねてきた。その苦労を糧として、在日の歴史的存在と役割を認識し、社会発展のため行動に移さなくてはならない。
 在日は朝鮮半島の統一と繁栄に可能な限り尽していくべきだ。日本に住んでいるという特性を生かして、南北、日韓・日朝間の歴史的和解と交流のポイントを握る立場にある。民団は東アジアの情勢を大局に見て、在日同胞の可能性を地方参政権問題に限定せず、伸び伸びとした可能性をリードしていただきたい。総連は一日も早く北政権への政治的策動に盲従することなく、真の在日のための組織に転化していただきたい。